会社に入ると、自分の席があり、枠がある。
枠というのは、仕事の内容のことで、アメリカのようなディスクリプションがあるわけではないが、この範囲の仕事をしていれば大丈夫だという(見えにくい)枠がある。
23歳くらいの時に入れてもらった編集工学研究所では、映画をやっていたこともあってか、マルチメディアエディターという肩書をもらった。映像を撮影したり編集したり、教育用のソフトを開発したり、テレビ番組の構成をつくったり、様々な仕事を経験させてもらった。あのときの僕は、とにかく次々と舞い込んでくるマルチメディアに関係する仕事をすることが「枠」になっていた。この枠には何人かがいて、僕だけができるものなどなかったような気がする。
ネットイヤーというデジタルのベンチャー企業では、インフォメーションアーキテクトという枠が与えられた。情報設計をするのが仕事で、企業の巨大に膨れ上がったウェブサイトのどこに問題があって、どうしたらビジネスに貢献するサイトに改善できるのか調査して提案するのが最初の仕事だった。
しばらくして、僕がその枠に合わないことが判明してきた。どうも細かいことができない。コンサルティングの内容も甘い。ミスもするし、上司の理想に近づけることができない。目の前に座っていた同僚たちには「あいつは辞めるね」と噂されていた。
ある日、別の上司が違う枠を与えてくれた。それはプロモーションを企画して実際に構築していく仕事だった。最初のクライアントはフィリップモリスでマルボロのプロモーションだった。当時、タバコの広告規制が始まっていて、限られたプロモーション先としてウェブサイトには大きな予算がかけられていた。この枠がハマった。いや、上司がハメてくれたのだと思う。感謝しかない。
その後、枠を広く深くしていくことでいまに至る。
BMWが「究極のドライビング・マシン」だとしたら、ジョン・ウェインは「究極のマッチョなカウボーイ」、マリリン・モンローは「究極のセックス・シンボル」、そしてクリント・イーストウッドは「究極の物静かな男」である。
と、書いたのはアル・ライズだ。『フォーカス!』(海と月社)はフィリップ・コトラーも重要だという書であり、「絞り込む」ことがブランディングには必須で高い価値を生むことを説いた。説くだけでなく、アル・ライズの本はその方法まで提示してくれるのだが、その中で最初の例えが登場する。
ハリウッドスターもフォーカスによって成功する。というのだ。
あの人はどうしていつも同じような役なのだろう?
と疑問に思うような俳優はいないだろうか。
これはフォーカスという戦略であることが多い。アーノルド・シュワルツェネッガーはマッチョにフォーカスし、『プレデター』『ターミネーター』『トータル・リコール』とマッチョ全開の映画に主演し、マッチョな俳優の代名詞となった。
いわゆるパーソナル・ブランディングというものである。パーソナル・ブランディングは通常のブランディングと基本は一緒だ。まずはフォーカスとポジショニングを徹底する。ハリウッド俳優であれば、怪優がいたり、ジェームス・ディーン枠があったり、アジア系やアラブ系のような人種別の枠と枠がいろいろある。それに年代別や時代の要請といった掛け合わせが加わる。
まずは何に絞るのか?そして、どの枠を狙うのか?
それを検討していくと、例えば、マッチョに絞って、アジア系枠を狙う。というような答えがでる。あとは、それを徹底していくだけだ。
いまにして思えば、僕は戦略なしに社会に入り、いろいろな人にお世話になりながら必死に仕事をしてきた先に今がある。これはかなりのオールドスタイルで、特にこれから社会に入ろうとする人などにオススメできるやり方ではない。
「絞り込み」をして、どの「枠」を狙うのか考えてみるのが賢明だろう。パーソナル・ブランディングをしよう。もし、あの頃の自分にそんなアドバイスをしたら生意気なだけで自分には絞り込む特徴などないよ、と言うか、大見得を切ってだいぶ見当違いなポジショニングをしてしまいそうな気もするが。