Branding Knowledgebase SINCE.

12/3
ゴールデン街の夜のこと

CATEGORY : 今日の一筆

UPDATE : 2018.12.03

文責 : 一筆太郎

久しぶりに新宿のゴールデン街でしこたま飲んだ。
 
 
福岡からアートディレクターの上田さんが来てくれて、撮影の仕事を一緒にこなした後でどこに行きたいか聞いたら提灯があるところというのでゴールデン街に落ち着いた。
 
 
ゴールデン街は20年近く前によく行っていたのだけど、あのころ僕は編集工学研究所で働いていて、映画監督や小説家やミュージシャンを目指す若い同世代の人たちとあれやこれや話をした。今となっては現実感のない夢物語や理想論ばかりだったけど、それを話すには美味しいものなんて必要じゃなく、正体がわからない謎のよく酔う酒があればそれでよかった。話をしていると見知らぬ誰かがやって来て、一緒に現実感のない話を真剣に話す。時たま異常に熱くなったり、異常なほど笑ったり。店は暗いから明るいときにその場にいた人に会ったとしても知らぬ人。SNSもないからつながりはたまたま同じ店に同じ時間に居合わせることだけだった。あの店を探しながら歩いたけど、どこなのかはわからなかった。
 
 
上田さんはジャズが好きだと言うので、ジャズという文字が看板に書かれた二階の店に入った。中はカウンターだけで、壁にはぎっしりCDが並んでいる。薄暗く、カウンターの中にいる60はとうに過ぎたであろう主人らしき人の眼光が鋭くこちらを突き刺した。僕らはカウンターに座る人の背中をこすりながら奥へ行きハイチェアに腰掛けた。主人らしき人は片腕が不自由な様子だった。「狭いから服かけて」とぶっきらぼうに言われて、僕らはあわてて服をハンガーにかけて、目の前に書かれた文字を読むように焼酎を頼んだ。
 
 
JBLのスピーカーとアキュフェイズのCDプレイヤー、マッキントッシュのアンプから流れる音楽はとてもまろやかで、上田さんは煙草をふかしながら、すぐに上機嫌になった。「東京に来たら必ずここに来ます。」と何度か言っていた。僕らは薄暗くてまろやかなJAZZが流れる店で、焼酎と乾き物をひたすら口に流し込みながら、いろんな話をした。本音の話がいっぱい出た。上田さんは今日の一筆を(というかナレッジベースの記事をくまなく)読んでくれていて、「僕はブランディングの話を無理矢理する今日の一筆が嫌いだ」と何度か言っていた。エッセイが好きだから人となりが持って出るようなものがいいと言う。「僕はあんたが好きなんや」とも言っていた。
 
 
すっかり酔いが回ったころ、上田さんは「ベタなのが好きなんです」と少し照れながらアート・ブレイキーをリクエストした。聴いたことのないバージョンのMoanin’が流れてきて、僕らは酔いしれた。主人らしき人は僕に小さな声で、「即興が好きそうだね」と言った。きっとジョン・ゾーンなんかの話をしてたからだと思うが「好きです!」と答えると、「お客さんがいなくなったらね」と言ってCDを物色し始めた。僕らは「お客さんのこと意外と気にしてくれてるんだね」とわからないように笑った。客が僕らしかいなくなるとHallelujah, Anywayというチェロ奏者のTom Coraを追悼するアルバムをかけてくれた。とんでもなくかっこよくて僕らの興奮は最高潮に達した。
 
 
気づけば6時間近くが経っていた。帰り際に主人らしき人は「うちは18時から24時までやってるから、いつでも来てよ」と言ってくれた。どうやら僕らは開店から閉店までいたらしい。店を出ると外国人観光客がいっぱいで、見た目にはだいぶ変わったように思えたゴールデン街だけど、店の中での体験は20年近く経っても変わっていないような気がした。今日はブランディングの話はナシで、ただ気分のよかった夜のことを。

ご相談ください お問い合わせ