なぜこうも自分のことは自分では見えにくいのだろう?と、毎日のように思う。
たとえば自分の会社をどうするか考えるとき、急に自分が宇宙空間に解き放たれてしまったかのような、無限の荒野に一人降り立ったような感覚に陥ることがある。取りつく島がないとはまさにこのことだ。毎日課題は山のようにあり、どこから手をつけていいのかなにが重要なのかわかっていたつもりが迷子になってしまうのである。それを誰かに話していると、そこは無限の荒野などではなく、秩序だった街であり、道があることに気づいたりする。
クリエイティブに関してもそうだ。商品のネーミングを考えに考えて、これだ!と思う。これは売れるぞと誇らしげにひとしきり眺めてからしばらく放っておくと、これが果たしてベストなのだろうか?と逡巡することがある。ラブレターを次の日に読むと、あまりに酷いもので投函するのをやめる例に似ているが、自分の思考やそれが拡張された世界を外部化して認識するのは難しいなと思うのである。
マイケル・ポーターはどうなのだろうか?名著といわれる『競争の戦略』は、学術論文をもとに構成されたものだ。論文を書く前には授業で生徒たちに理論を話し、ディスカッションをしたのだろう。書籍にするときには編集者が重要な役割を果たしたかもしれない。それでも自著とは自分が伝えたいことを100%伝えることは難しいような気がする。だからこそ、本書の著者のような優れた代弁者が必要なのではないだろうか。
著者のジョアン・マグレッタは、ハーバード大学でMBAを学んでいたときにマイケル・ポーターの教えを受けた。ポーターの「産業と競争分析」は当時人気カリキュラムだった。その後、コンサルタントとなってからは実践における教科書としてポーターの著書は傍にあった。周囲のコンサルタントたちも同様で、ビジネスの現場でポーターの理論が通用することを知った。90年代のはじめには、ポーターが主要執筆者を勤めていた「ハーバードビジネスレビュー」の戦略担当編集者となった。マグレッタは理論に富み、ビジネスの現場での実践を知る人物であり、ポーターの研究に対して大きな敬意を持っている。
マグレッタは、ポーターの研究が時の試練に耐えて、広く引用、実践されているのは、理論と現実、どちらの世界にも当てはまるからに他ならないという。
そもそもポーターが研究をスタートしたとき、ビジネスにおけるとても根源的な問題を追及した。それは、「なぜ同じ企業のなかにも、ほかより収益性の高い企業があるのか?」というものだ。この重要な問いを経済学的方法論とビジネススクール的方法論という両者の得意分やを駆使して答えを探った。大量のデータを扱う分析的調査を行い、業界組織論(IO)と呼ばれる経済学の一分野の概念を検証、拡張した。また数百の事例を子細に調べ、どんな業界にも共通する競争の提議要素を抽出しようとした。こうした要素は、経営者の直感に訴えるものでなくてはならないとポーターは言った。
このような方法論のもと、ポーターは流行に流されるのではなく、一貫して時を超えた原理だけに目を向けてきた。だから、ポーターの理論は、どんな事例にもあてはまる一般理論なのだ。
本書は、ポーターの研究に敬意を持ち、学術的側面とビジネス的側面の両方での価値を知る人物が書いたポーターの競争戦略のガイドである。編集者をやっていた人物だけに読みやすくわかりやすく書かれている。