「やらないことを決める。それが経営だ」
かつてスティーブ・ジョブズがGoogle創業者のラリー・ペイジに対してアドバイスしたこの言葉は、経営者の金言として語り継がれている。
やらないことを決める。その英断は同時に、やるべきことに全神経を集中させることも意味する。
ホースで水を撒くとき、ホースの先を潰して出口を狭めると水は勢いよく出る。
やらないことを定め、やると決めたことだけに集中したブランドは、その方向性さえ間違えなければ、驚くべき勢いとスピードを手にすることができる。
H&M:縫製は多少粗くてもよい、
という英断で成功
H&Mはやらないことを決めて成功したブランドだ。
彼らが掲げた信条は、「常に魅力的で新しい商品を店頭に並べ、顧客を魅了し続け、飽きさせない」こと。
そのため、下記のようなことに全力を捧げた。
・年間50万アイテム以上を開発する。
・数時間ごとに新商品を陳列し、既存商品の場所も変える。
・売り切れた商品は決して再生産しない。
などなど。
逆に言えば、この信条に反することは、たとえそれが業界のセオリーであっても絶対にやらないと決めた。
例えば、通常アパレル業界では新市場に参入する場合にはその地域の体型や好みに合わせてローカライズすることが一般的だった。
しかし、H&Mは新市場においても、広告や店舗内のレイアウト、商品数などは原則変えない。なぜなら、ローカライズによってスピードや効率が失われるからだ。
彼らが絶対にやってはならないのは、同じような商品が並び、顧客を飽きさせること。
そのリスクがある施策は、業界のセオリーであってもH&Mのセオリーからは弾かれる。
品質も割り切っている。多少縫製が粗かったりしても、パッと見て何の問題もなくシーズン中に心地よく着られるものであれば、それ以上の品質は追求しない。顧客もH&Mに必要以上の品質は求めていないからだ。
そのぶん、時代のトレンドや優れたファッション性を採り入れるためには惜しみない投資を行う。
常に新しいファッションが、それなりの品質と、驚くべき低価格で手に入る。
やらないことを明確にしたことでH&Mが手に入れた地位は、今だに揺るぎないものとなっている。
VOLVO:「安全性」だけにフォーカス。
安全な車の代名詞となって成功
VOLVOは全米で最も売れているヨーロッパの高級車だ。
驚くなかれ、その販売台数はBMWやベンツを上回る。
VOLVOは世界初となる3点式シートベルトを導入して以来、「安全性」だけに焦点を絞って、それ以外の余計な要素は削ぎ落としたブランドである。
ボックス型の古風な見た目は、決して高級車にふさわしいとは言えないかもしれない。しかし、彼らはそんな評判を一切気にしない。
そもそも、安全性にしか的を絞っていないから。
実際、「安全な車といえばVOLVO」というイメージが全世界に浸透している。VOLVOを購入した人のほぼ全員がその「安全性」を評価。しまいには、「ボルボに命を救われた人の会」が結成されるほど熱烈なファンを生み出しているのだ。
こうしたフォーカスの姿勢は、社内の人間にも良い影響を与えている。
たとえば、エンジニアは様々なトピックスに余計な労力をかける必要がなくなり、常に安全性を最重要項目にして開発を進めることができる。
では、安全性と関係のない分野はどうするのか?その答えは実にシンプル。他社に任せるのだ。
安全性以外のことは自分たちがやらなくても、他社メーカーの優れた開発者たちが新しい技術を生み出してくれる。
いくら業界的に後手に回ったとしても、VOLVOはその技術の安全性が確証されるまで待つ。そして、確かな技術だと判断できたらようやく自社の製品にも取り入れるのだ。
そんなVOLVOでも一時期、事業の多角化を目指して様々なビジネスに手を出し、ルノーとの合併を企てたこともある。しかし、株主を含む大勢の人々から猛反発を浴びて計画は頓挫。多くの赤字を抱えた。そこで改めて主力事業だけにフォーカスすることを発表し、非主力事業を整理。すぐさま黒字に持ち直したという。
人は様々な選択肢を切り捨てることに抵抗を覚えるものだが、正しいフォーカスは圧倒的な力を産むことを歴史は証明しているのだ。