今でも正式な式典などで使われるNASAの初代ロゴ
NASA(アメリカ航空宇宙局)が設立されたのは1958年10月1日のこと。
その初代ロゴは円形でした。
宇宙に浮かぶ2つの惑星と星が描かれ、そこには1本の軌道線と「シェブロン」と呼ばれる逆V字型の模様が施されていました。シェブロンは、極超音速機の翼を表しています。このイラストを囲うように、NASAの正式名称「NATIONAL AERONAUTICS AND SPACE ADMINISTRATION」と「U.S.A.」の文字が記されています。
制作したのはNASAのLewis Research Centerに所属するイラストレーター。
このロゴは、NASAの使命である「宇宙探査、科学的発見、航空研究」を表現したデザインです。今も正式な式典などではこの初代ロゴが使用されることもあるそうです。
「ミートボール」ロゴの誕生
翌年(1959年)、NASAは早々にロゴを変更します。
NASAの秘書官からよりシンプルなデザインせよとの指令を受けた、Lewis Research Centerの広報部門を率いていたジェームス・モダレッリが自ら手掛けたロゴがこちらになります。
アメリカ国旗と同じ赤・青・白の配色を使い、赤い翼のシェブロンと軌道線は残しながら、白のNASAの文字だけというシンプルなもの。
球体は惑星を表し、星は宇宙を表現、シェブロンは宇宙飛行士の証。このロゴはやがてその形状から「ミートボール」と呼ばれるようになりました。
デザインを追求した「ワーム」ロゴ。しかし、思わぬトラブルが発生
1970年代、アメリカではニクソン政権主導のもと、「US federal design Improvement program」というデザイン政策が推進されていました。その背景の中でNASAにもロゴデザインの刷新が要請されるようになります。
そして1974年、「ワーム」と呼ばれるシンプルで美しい曲線を持ったロゴが誕生します。
ロゴ制作を請け負ったリチャード・ダナーとブルース・ブラックバーンという2人のニューヨークのデザイナーは、太いレタリングとロケットの先端部分(ノーズコーン)にインスパイアされた「A」の文字を施し、シンプルで未来的なデザインに仕立て上げました。
さらに、彼らはロゴの使用方法に至るまでを細かくデザイン。そのマニュアルは最終的に約90ページにも及んだそうです。デザイナーの間では、今でもこのマニュアルをデザインやブランド構築の教科書として熟読する人も多いのだとか。
しかし、このロゴ変更に至る過程で大きな騒動がありました。
なんと、ロゴが正式に発表される前に、NASAは新しいロゴを施したステーショナリーセットをNASA傘下にある各センターに送ってしまったのです。
長年NASAの象徴として使われていたミートボールが、なんの説明もなく新しいロゴに置き換えられている。
全米のセンターや関連機関の動揺と反感は相当なものだったそうで、NASAやデザイナーは各地を赴いて何ヶ月にもわたってロゴ変更の経緯や意図を説明する羽目になったそうです。
こうしたトラブルに見舞われたこともあり、NASA内ではミートボール派とワーム派という派閥まで生まれてしまったようです。特にNASAに長年在籍している熟練の職員は愛着のあるミートボールが突然変わったことに根強い不信感を持ち、逆に若手職員はモダンでスタイリッシュなワームを気に入ったと言います。ロゴの派閥は、ベテランVS若手の構図でもあったのです。
わずか20年で「ミートボール」が復活
約20年後の1992年、新しい長官になったダニエル・ゴールディンの指令により、NASAのロゴはミートボールに戻されます。復活の理由は、チャレンジャー号爆発事故の暗いイメージを払拭し、輝かしい時代を取り戻すためだった、NASAの低迷期にあって職員たちの士気を上げるための施策だった、など様々な憶測があるようです。
表舞台からは姿を消したワームですが、そのロゴ自体の完成度の高さ、そして2人のデザイナーが編纂したマニュアルのクオリティの高さは今でも語り継がれています。
もしあの時、NASAがワームロゴを発表前に流出していなかったら、もしかするとワームはそこまで大きな反感を受けなかったかもしれない。そして、もしかすると、今でもワームがNASAのロゴとして使われていたかもしれません。