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釣りと船酔い

CATEGORY : 今日の一筆

UPDATE : 2019.02.03

文責 : 一筆太郎

僕は船が嫌いだ。理由はカンタンで、酔うから。酔わなければ、船は好きだと思う。海の上から向こうに冬で葉っぱのなくなった山や集落が見えると感動する。『太平洋ひとりぼっち』は小学校の時の愛読書で、いつかあんな冒険をしたいと子どもどころに思っていた。酔いさえなければ、僕は船の上でずっと暮らしたいと思ったかもしれない。ポール・オースターのように船乗りをして若い時を暮らして世界を回るなんて選択だってあったのかもしれない。
 
今日は久しぶりの釣りだった。海釣りである。隠居丸という船に乗って、赤ムツを釣ろうというのだ。三枝夫婦と僕といういつものメンバーである。横須賀の港に隠居丸は停泊していて、朝まだ明るくなる前に車で向かう。
 
20年近く前、三枝さんは釣りが好きだったが釣りをやめた。ブラックバスなんかも釣っていたが、食べない魚は釣らないと言い出したのだ。ベジタリアンをしていたこともあり(一緒に山に遊びに行った時、僕がニジマスを食べたらひどくスネた、割とめんどくさい系のベジタリアンだった)、そもそも魚を食べなくなった。僕は高校生の時に流行に乗ってバス釣りをしてたという話を三枝さんにしたことがあったのだろう。釣りをやめた三枝さんは、僕にリールをくれた。そのとき僕は釣りをしていなかったけど、リールはカッコよかったし、嬉しかった。
 
それから15年ほどが経ち、三枝さんは忙しかった。毎日まいにち仕事ばかりしていた。なぜかそんな三枝さんを見ていて、僕は三枝さんを釣りに誘った。僕が釣りをしたかったのもあるかもしれないが、三枝さんは釣りをしたほうがいいと勝手に思ったのだ。長い年月が過ぎて、三枝さんの考えも丸くなった今がチャンスとばかりに、僕は釣りに誘った。三枝さんは即答しなかった。うーん、そうだなぁ、釣りか〜、釣りは好きだったんだよなぁ、でもなぁとそんなことを言っていた気がする。
 
しばらくしたある日、三枝さんから「やるよ」というメッセージが届いた。僕はなんのことだかわからなかったけど、話の流れで釣りのことなんだとわかった。やると決まったらとことんやる人だ。まずはブラックバスを狙うことにした。三枝さんはどうやら釣りビジョンなるCS放送やYouTubeなんかをかなり見て研究いるようだ。バス釣りの有名人の名前やよく釣れるポイントをすでに知っていた。もちろん道具にだってこだわる。竿とリールと仕掛けと数十万する道具を揃えた。そして、バス釣りへと出かけた。何回バス釣りに行ったか覚えていないが、釣れたブラックバスの数は覚えている。0だった。ゼロ。どうやっても釣れなかった。千葉県の亀山湖でボートに乗ってチャレンジした(湖の船は揺れないからいい。結局釣れなかったけど気持ちいいからここはいいよねという話で落ち着いた)し、霞ヶ浦では川の土手から何度もキャストした。
 
そのせいだったと思う。ある日、三枝さんは海釣りを提案してきたのだ。「僕はもともと海釣りが好きなんだよ。」と言った気がする。どれも記憶が定かではないが、僕から海釣りを、あの忌まわしき船酔いを提案するとは思えない。ただ、その時はまだ海釣りにおける船酔いの恐ろしさを知らなかった。あまり揺れないところならばとOKしてしまった。
 
最初の釣りは海が大荒れで、遊園地にあるバイキングのように船は揺れた。もちろん命綱のようなものはない。僕は船から投げ出されないように必死だった。一緒に行った三枝さんの奥さんも気持ち悪さと恐怖と戦っていた。ただ一人、三枝さんはそんな中でも揺れのことを気にする事もなく、黙々と釣っていたのだった。
 
それからもう海釣りなんてごめんだよと思っていたのだが、なぜか三枝さんの口車に乗せられてか、僕がただバカなだけなのか、また海釣りに行ってもいいかなと思うようになってしまい、行くたびに釣れた成果よりも船酔いの具合のほうが記憶に残る始末である。
 
そう、釣りは楽しいのだ。船酔いさえなければ。海の上で細い糸を垂らして300メートル近く下にいる魚を釣るという行為はたまらなく楽しい。三枝さんはとにかく優しいから色々と面倒を見てくれるのもありがたい。とにかく敵は船酔いなのだ。

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