VOLVO、LEGO、IKEA、H&M…
北欧のブランド力を育てたのは
バイキングだった!?
北欧の人口はスウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、アイスランドの国々を合わせて約2500万人。
世界の人口の0.4%に過ぎない。
しかし、その人数以下で世界の輸出品の約3%を生産。
VOLVO、SAAB、LEGO、IKEA、ABSOLUT VODKA、H&M、CARL HANSEN & SO
といった名だたるブランドが、それぞれの産業で確固たる地位を築いている。
そもそも、「北欧」自体が力強いブランドだ。
北欧のプロダクトと聞けば、
「質がよさそう」とか、
「おしゃれ」だとか、
「こだわりや魅力的なエピソードがありそう」だとか、
肯定的な印象を抱く人がほとんどではないだろうか。
この本がおもしろいのは、
北欧流ブランディングの主語を「北欧」で語るのではなく、
「バイキング」に目をつけたところだ。
著者の二人は、
「バイキングが後世に残したものはほとんどない。建造物も、寺院も、教会も、都市も、国家も、名物料理も。残っているのはわずかな文献のみだ」と述べる。
そして、何も残さなかったバイキングが古代ローマやギリシャと並んで世界に広く浸透しているのは、「バイキングにブランド力があるからだ」と論じている。
いにしえのバイキングは異教の民だった。
大軍を引き連れる代わりに、奇襲と略奪という戦略で自分たちよりも巨大な相手を圧倒。
狙うべき相手とその計画を慎重に練り、不意打ちを食らわす。
全身を武装し、酒とドラッグで景気付けし、遠征と流血戦が大好物。
彼らがルール無用の野蛮な集団であったことは間違いない。
その一方で、コロンブスが北米を発見する何世紀も前から地球が丸いことを知っており、
彼らが作ったボートは世界最速のスピードを誇った。
さらにフロンティア精神を持ったビジネスマンとして、
スカンジナビアからロシア、中東、アフリカへと交易ルートを開拓。
史上初の民主制議会を発足したのも、ヨーロッパが近代まで実現できなかった男女平等社会や女性の権利をいち早く確立していたのも、バイキングたちであったという。
彼らが小さな集団でありながら世界に存在感を示せたのには理由がある。
緻密な戦略家であったこと。
誰もが驚くような奇襲のアイデアに満ちていたこと。
不屈の精神や仕事に対する誇りを持っていたこと。
家族や仲間を決して見捨てない心意義があったこと。などなど。
こうした精神は代々受け継がれていき、
現代のバイキングはビジネスという舞台で活躍している。
決して潤沢な資金やリソースを持たない北欧のブランドが得意とする戦略は、型破りに興じることだ。
かつてのバイキングがそうであったように、
どこからともなく現れて劣勢を跳ね返し、逆転勝利を収める。
略奪や戦闘で培った素養を商売に役立てているのが、
北欧流ブランディングの強みなのだと著者は語る。
狭いターゲット。シンプル過ぎる広告。
マーケティングのセオリーを
覆したアブソルート
この本はバイキングの歴史や精神性と絡めながら、
北欧流ブランディングの成功事例が解き明かされていく。
象徴となる物語はアブソルート・ウォッカにある。
1987年に誕生した「100%純正ウォッカ」のアブソルートは、スウェーデン国内で大ヒット。19世紀の全盛期には、年間出荷量が1億リットルを突破する。
1979年に生誕100周年の節目を迎えた際、
親会社のV&Sはウォッカで世界トップを勝ち取るためにアメリカへの進出を目論む。
しかし、社長と会長が役員会に海外進出を持ちかけたところ、得られたのは雀の涙程度の予算と否定的な空気。当時、蒸留酒の市場は大手複合企業やマフィアの息がかかった多国籍企業がひしめいており、弱小で金も権力もないアブソルートが勝てる可能性はゼロに近かった。
そこで、彼らがわずかな予算を持って取り組んだ秘策は、
どれも当時のマーケティング戦略のセオリーに背くものであった。
■セオリー1
宣伝費をたっぷり注ぎ込め
→無理なく捻出できるわずかな資金で最良の策を練る。
■セオリー2
大きな市場に広く売り込め
→ターゲットを鋭く絞り、いくつかの専門誌だけに、期間限定の広告を打つ。
■セオリー3
製品のデザインはなるべく目立つように
→18世紀のスウェーデン製の薬剤瓶をアレンジ。
透明のボトルで紙ラベルもなし。
目立たせることよりも、歴史や品性を重視した。
■セオリー4
広告には人物を登場させ、ライフスタイルを提案せよ
→広告に出てくるのはボトルとシンプルなコピーだけ。
■セオリー5
消費者はサルである
→知性に訴えかけるウィットなメッセージを発信。
などなど。
彼らの発想はマーケティングの流行りや競合他社の動向に捉われない。
かつて新しい略奪や奇襲のアイデアを次々と生み出していたバイキングと同じく、
独自のアイデアで独自の成果を追求していた。
結果、無名のローカルなウォッカは
世界第4位の売り上げを誇るブランドに成長したのである。
ウィークポイントから
活路を見出すのが北欧流
もうひとつ、魅力的な事例を紹介しよう。
兵力や資金力で他国に劣り、
遠征のためアウェー戦がほとんどのバイキングが、
上下左右、斜め、裏から活路を見出したのと同様に、
ウィークポイントから活路を見出すのも北欧ブランドの得意とするところだ。
例えば、
北極圏の200kmほど北にスッカスヤルビというスウェーデンの村がある。
人口わずか500人程度。冬場の気温はマイナス40度。
12月の半分は太陽が昇らず、もちろんスターバックスもない。
雪と氷、寒さと暗闇に支配されたこの村で、
商売なんかできるはずないーー。
この逆境を、実業家のイングヴ・ベルイキストは
驚きの発想ではね返したのだ。
「氷でホテルを建てよう」
こうして生まれたアイスホテルは、氷の彫刻や氷の窓、氷の柱、氷の劇場、氷の映画館などを携えるホテルとして、毎年11月に着工。
世界中から訪れる人々で賑わい、4月になると自然と溶けてなくなる。
宿泊客以外にもテレビやドラマの撮影で使われたり、
イベントや展示会の会場に選ばれるなどして、
驚くほどの経済効果をもたらしているのだ。
あるいは、IKEAもそう。
彼らが発明した組み立て式の家具は、
大きなテーブルが客のトランクに入らないというトラブルから生まれたアイデアだった。
この本にはブランディングのきめ細かな方法や、
データや理論に基づく実証が記されているわけではない。
上記の例に示したとおり、
バイキングの精神性や北欧ブランドの事例から、
アクロバティックにブランディングの心得を抽出している。近年アメリカでベストセラーとなった『グレイトフル・デッドにマーケティングに学ぶ』と同じような発想にあるといえばイメージしやすいだろうか。
50の秘密の中には、いささか強引な関連付けもあるかもしれないが、
一つひとつのエピソードが魅力的。
ウィットに富んだ言い回しも相まって一気に読み進めてしまう。
その意味では、この本自体がバイキング戦略を実践しているのかもしれない。
著者の言葉を借りれば、
ビジネスの現場に強力な武器と切れる頭、
そして鋭い嗅覚を持ち込みたい人にとっておきの一冊だ。
もちろん、流血と略奪は抜きにして。