朝10時をまわっても韓国は寒かった。持って来た服が足りなかったんじゃないかと不安になりながら、約束の時間を数分過ぎても迎えが来ないので現地集合だったのかなと話していた頃に、李社長はやってきた。
李社長はなんだか慌てていた。呼んだはずのタクシーが来ないのだという。間違ったところに行ってしまったのか、途中で別の客を乗せて行ってしまったのか、とにかく来ないのだと困惑した様子だ。仕方なく(という感じで)、タクシー乗り場へと歩いていって、我々3人と李社長の4人でタクシーに乗り込んだ。
タクシーに乗ると、李社長は今日は災難だと興奮気味に話しだした。朝、自宅を出る時に自分の車は小さいし何人で来るかもわからなかったから、リムジンを予約したのだという。自宅にリムジンを呼び、そのままそれに乗ってホテルまで来ようとしたのに、そのリムジンは予約の時間を10分過ぎても15分過ぎても来なかった。仕方なく、通りでタクシーを拾うと、タクシーの運転手は、自分の息子を乗せなきゃいけなくなったから降りてくれと言って、すぐに降ろされてしまった。なんとか我々のホテルまでは来れたが、ホテル前に来るように別途予約したはずのリムジンはどこかに行ってしまったのだそうだ。確かに災難である。僕は韓国が初めてだから、これが韓国なのか、李社長がとんだ災難にあったのかよくわからなかった。
李社長のことは話には聞いてはいたが、会うのは初めてだった。とても綺麗な女性なのだけど、自分の息子がアメリカの大学に通っていると言っていたので年齢を聞いたら意外に感じるのだろう。日本をはじめ、世界各国に美容商品を販売しているそうで、日本には代々木にマンションを借りているという。タクシーで30分ほど走ると、江南にある李社長のオフィスに到着した。江南は東京でいう青山のようなところらしく、確かに閑静でおしゃれな雰囲気が漂っていた。
打ち合わせ室に通されると、商品がずらりと並び、担当者のキムさんとアシスタントの方が迎えてくれた。李社長はタクシー騒動の間にクレジットカードの入った名刺入れをタクシーに置き忘れたようで、タクシーの運転手から連絡があり、中座して取りに行ってしまった。キムさんは、韓国語はもちろん、英語、中国語、日本語を自在に操るとても聡明な女性だ。李社長の会社がどのようなものなのかわかりやすく教えてくれた。
李社長が戻ると、新たに開発する商品とすでに開発が進んでいた商品の議論を進めた。韓国は美容が進んでいる印象だったが、欧米の研究はさらに進んでおり、それをモディファイすることが多いようだった。真似て安くつくる能力が高いのだと李社長は言った。
お昼を食べに江南の街に出ると、看板の文字はハングルばかりなことに気がついた。英語はちらほらあるが、漢字がない。それを李社長に聞くと、何年か前に漢字を使ってはいけないというお達しが出て、一斉に変わったのだという。
商品の方向性と進め方が決まったなと感じた頃、李社長は部屋の外から一人の女性を連れて入ってきた。聞くと、面接で来た方で、李社長も初めて会ったのだという。日本の企業で働いていた経験もあるから彼女を一緒に面接してほしいという。はじめは何が起きているのか飲み込めなかったが、リクルートらしい佇まいの女性を前に、李社長は我々に質問してくれというので、恐る恐る面接らしき質問をすることになった。
面接の女性が部屋を出ると、日本と韓国の働き方の話になった。日本では働く時の基準は休みがどれだけ取れるかなったとこちらがいえば、李社長もそれは韓国も同じで、残業時間が制限されて、ワークライフバランスが重視されているという。私のようにハングリー精神のある人なんていまは少ないですと少し寂しそうに李社長は言った。
突然はじまった面接に驚いたけど、キムさんが質問をどんどんしていくのを見て、キムさんがいかに優秀かがよくわかった。彼女は抽象的な質問ではなく、具体的な質問をどんどん掘り下げて聞いていくスタイルで面接をする。そうすると、面接にきた方が何ができるのかどんな特性があるのか具体的に見えてくるのだ。また、キムさんが仕事をする上で大切にしているだろうことが読み取れた。この人なら一緒に仕事をして安心だと感じる瞬間でもあった。