Branding Knowledgebase SINCE.

観察から始まる戦略「ビジネスエスノグラフィ」とは?【ブランディング成功事例まとめ】

CATEGORY : ブランディング成功事例

UPDATE : 2019.07.03

文責 : 松山響

ビジネスエスノグラフィーとは、民族誌学的アプローチをビジネスやマーケティング活動に生かした調査手法のこと。主にユーザー調査において、定量アンケートなどの手法で顕在化したニーズや情報を探る調査とは異なり、デプスインタビュー、ユーザビリティテスト、観察調査などの手法を使って、ユーザーの潜在的なニーズを探る調査のことを指す。

これは「デザイン思考」と呼ばれる手法の一つでもあり、イノベーションを起こすために有効な方法として評価されている。

「エスノグラフィ」は、文化人類学や社会人類学における研究・調査手法であり、特定のコミュニティにフィールドワークとして参加し、そのコミュニティ内の人々の行動様式を観察・記述していくことで、価値観やコミュニティ構造をあぶり出していくものである。

こうした学術的アプローチを、ビジネスやマーケティングなどの課題解決に応用したところ、様々なイノベーションや成功事例が生まれたことから、近年はビジネスメソッドとして注目を浴びるようになっている。

では、実際にビジネスエスノグラフィーで成功した企業の事例をいくつか紹介しよう。

PARC:ビデオ観察で優秀な学者もコピー機を使いこなせないことを発見

商品開発にエスノグラフィの手法を取り入れた先駆けとして有名なのが、ゼロックス子会社のPARC(Palo Alto Research Center)である。

同社に研究員として入社した文化人類学者のルーシー・サッチマン(Lucy Suchman)は、エスノグラフィのアプローチで製品開発に役立てないかを検証した。すなわち、コピー機のユーザーが実際にどのように使っているのかを延々とビデオ撮影し、それを観察することでコピー機の改善点を洗い出す手法を試したのである。

すると、博士号を二つも保有するような優秀なPARC研究者が、ゼロックスの複写機で両面コピーを行うのに四苦八苦している様子を観察により発見した。その他も、多くの優秀な研究者が両面コピーの機能を使いこなせていなかったのである。

こうした事実から、コピー機の様々な機能を使いこなせないのは消費者のリテラシーの問題ではなく、技術の役立て方やインタラクションにあることを発見し、その後、同社のコピー機には両面コピーを促す緑色のスタートボタンが搭載されるようになった。

以後、同社のプロジェクトで新製品を生み出す際は、技術者だけでなく社会学者やデザイナーを早い段階で参加させるようにし、ほとんどのプロジェクトにおいてエスノグラフィの手法が取り入れられるようになったそうだ。
 

HEINZ:消費者の日常生活に密着し、既存のケチャップの不便さを発見する

創業150年の世界的な誰食料品ブランド「Heinz(ハインツ)」。同社は2000年代前半に、記録的な売上低迷に陥っていた。

その立て直し策として、彼らは主力商品であるケチャップのボトル入り商品を開発することにした。ボトルは創業間もない頃に販売していたが、その後は卓上瓶入りが主流となっており、どのようなボトルにするかがこのプロジェクトの最大の要点であった。

同社は新たにマーケティングチームを結成し、そこには社会学者も含まれていた。そして、消費者の自宅を訪問して、日常生活に密着するエスノグラフィ調査を実施した。

すると、多くの家庭で残り少なくなった瓶入りケチャップを逆さにし、底を叩いてケチャップを出す行為が見られた。その動きは非効率的であり、勢い余ってケチャップが出過ぎてしまうなど、消費者もその状況を快適には思っていないように見受けられた。特にハインツのケチャップは濃厚でドロドロしているため、残りが少なくなるにつれて使いにくくなるのであった。これはボトル入りのケチャップでも同じであり、多くの消費者がケチャップを逆さにして冷蔵庫に保管していることに気づいたのだ。

こうした調査から得られた結果を持ち帰り、開発チームと新しいボトルの形状を吟味。そして生まれたのが、キャップを逆さにしたプラスチック製のボトルである。

逆さまでも立てられるようにキャップを大きくし、逆さの状態でラベルが読めるように、全てを逆さにした。

斬新ながら利便性に優れた新ボトルはすぐさま話題となり、たったの3か月で純利益が17%以上も増加。ハインツのケチャップの新たなアイコンとなった。今もなお、ハインツのケチャップやマスタードといえば逆さボトルであり、ケチャップの世界的なトップブランドとして君臨し続けている。
 

セサミ・ワークショップ:幼児観察で発見した「子どもが一番真似したがるのは電話をかける仕草」を制作に生かす

日本でも一時期流行した「セサミストリート」は、アメリカの番組制作会社「セサミ・ワークショップ」が制作する子ども向け教育番組。英語の読み書き、数の数え方・計算、保健・衛生などを取り上げ、子どもの生活習慣や就学前の教育に役立つ内容となっている。

同社は、2009年ごろからiPhoneなどのスマートフォン向けアプリ・コンテンツに注力し始めた。数々のアプリの中でも特にヒットしたのがスマートフォンアプリ「Elmo Calls」である。

「Elmo Calls」は、アメリカのデザイン会社IDEOとパートナーを組み、人間中心のアプローチで開発された。このアプリは、2-5歳の子どもとその両親向けに「楽しく生活習慣が身につけられる手助けをすること」を目的として作られた。例えば、お手洗いや着替え、歯磨き、早寝早起きなど、毎日繰り返し行う生活習慣を、親に加えてエルモからも教えてもらえるのだ。

このアプリが実現する最も重要なユーザー体験は、歯磨きやお風呂、就寝・起床といった「躾をしたい習慣と時間帯」を親がスケジュール設定することができ、その設定時間にエルモが子どもに「電話」をかけ、エルモが「生活習慣を教えてくれる」という点。

このアプリが単なる子ども向けコンテンツとして終わらずに大ヒットしら理由には、この「電話」というモチーフにあると言われている。そして、このモチーフはエスノグラフィック研究によって導き出されたのだ。

IDEO社がこのアプリを作るために幼児観察をした際、彼らは子どもが「テレビのリモコンを電話のように耳にあて、両親が携帯電話で話す姿の真似をしていた」点に着目した。大人の真似をしたがるというのは、幼児期に見られる特性であるが、アプリの利用を通じて「パパとママと同じように、エルモと携帯電話で話せる」というある種の背伸びした体験ができることは、子どもがアプリを喜んで使う動機付けになるのではないか、とIDEO社のメンバーは考えたのである。

リリースされたアプリは1ヶ月の無料期間中に400万回以上利用され、App Storeで子ども向けの必須アプリにランクインされた。

ともすれば硬くなりがちな教育アプリだが、ユーザー観察から見えてきた子どもの心理をプロダクトに反映することによって、楽しく最適なコミュニケーション設計を実現することに成功したのだ。
 

ヘステンス:ベッドのスペックや価格よりも、睡眠体験を重視した売り場作りで成功

スウェーデンの高級寝具メーカーHästens(ヘステンス)は、150年以上の歴史を持つハンドメイドのベッドが特徴の寝具メーカー。同社は販売店での売り上げが落ち込んでいる課題に直面し、下記のような問題点を抽出した。

■照明が明るすぎる
ベッドは最もプライベートな空間であるはずなのに、見ず知らずの人が周りにいる
実際に寝た感触がどのようなものか体験しづらい空間(靴を脱ぐことすらしない時もある)

■販売担当者が売り込みにくる
これで本当に、1日の休息をとりリラックスするためのベッド選びができるのか――?

こうした販売スペースのあり方を見直すべく、「自分にあったリラックスできるベッド選び」を実現するためのプロジェクトチームを立ち上げた。

プロジェクトチームのメンバーがは、エスノグラフィの手法で販売店の課題をあぶり出すことにした。すなわち、直営店舗で実際に一晩を過ごしてみたり、販売担当者や消費者へのインサイトインタビューを実施するほか、ティファニーやフェラーリなどのラグジュアリーブランドのショールームの居心地も実際に足を運んで研究し、何が販売スペースに欠けているのかを観察。

その結果、以下の結論を導き出した。

そもそも、ベッドを買う時に、実際の睡眠のイメージを想起させるための要素、特にヘステンスのコアバリューである「Best Sleep」を訴求するために必要なものが欠けている。

展示スペース内において、来店者がリラックスするための平穏で静かな時間と空間を提供し、実際に使った際のリアルな使い心地を体感できるものにするべきである。

この考えに基づき新たな商品展示スペースの企画が進められた。

■プライバシーを守る販売空間づくり
来店者にスリッパと枕を提供し、ベッドで横たわるなど好きなように試せるようにした。また試用に際し、カーテンを閉められるようにプライバシーカーテンを取り付け、より個人的空間に近い環境でリラックスして試せる空間にした。

■実際にベッドに寝た時の睡眠が「体験」できるサービス提供
防音装置のある部屋で1時間ヘステンスのベッドで眠れる「睡眠体験予約サービス」を提供した。部屋ではお茶も出されるなどおもてなしされる空間となっている。希望者はWebから店舗名と日時、連絡先をフォームから送信することで予約可能。

■販売手法の変革
販売担当者は、ベッドの価格や機能性だけについて説明するのではなく、睡眠時の体勢や横たわった時の身体の感覚についても顧客と対話をするように対応内容を変更。支払処理等は、タブレット端末のアプリを使ってベッドサイドで行えるようにした。

■ベッドを自分の好みにカスタマイズできるオプション
自分の好みに応じてベッドの長さ、デザイン、色などがカスタマイズ可能。

■体験者の声をシェアするオーナーコミュニティ
販売スペースにおいて、既存のヘステンスオーナーのベッドの睡眠体験に関する写真や手紙、ビデオを流すことによって、クチコミ効果を増大させる。

これらの取り組みはいずれも「人間中心」「顧客中心」の販売スタイルである。

見込み顧客が寝具売り場にどのような情報を求めて来店するのか、どのような体験が提供できれば要望を満たせるのか、を突き詰めた結果、従来の寝具売り場では見られなかった販売スタイルが出来上がったのだ。

この改革の結果、来店客は2倍の時間を店舗で過ごすようになり、ストックホルム店の売上は77%向上。それまでの2倍のペースで新規店舗を開店することができた。

ヘステンスにとって、販売スペースが単なる「製品としてのベッドを売る場所」だった時は、ベッドの展示が主体であり、商品としてのベッドの仕様と価格に関する情報を提供するだけの場だったはず。

それが、人間観察と現場観察により、寝具メーカーのゴールが「顧客に対し特別な睡眠体験を提供する」というものに変わった時、販売スペースは「ヘステンスが実現する睡眠を体験してもらう場」に変わった。

その結果、販売スペースで提供するサービスや情報は、“睡眠体験を充実させるもの”を主軸に企画が練られるという変革が起こったのある。

RELATED ARTICLE

ご相談ください お問い合わせ