「アンゾフの成長マトリックス」とは、事業拡大を目的に、今後の成長戦略の方向性を分析・評価するフレームワークのこと。経営戦略の父と呼ばれる、イゴール・アンゾフが提唱した。
事業の成長を「製品」と「市場」の2軸に置き、さらにその2軸を「既存」と「新規」に分けて分析することで、次にどこへ進むべきかの方向性を定める際に役立てることができる。
このマトリックスを活用すると、大きく4つの方向性が導き出される。
(1)市場浸透戦略
現在の市場で取り扱っている製品の販売を伸ばす戦略。広告や値引きなどで既存顧客により多く買ってもらえるようにするなどの戦略が考えられる。
(2)市場開拓戦略
新規顧客を開拓し、既存製品の販売を伸ばす戦略。海外展開などの戦略が考えられる。
(3)製品開発戦略
既存の顧客層に向けて新しい製品を販売する戦略。既存製品のモデルチェンジやバージョンアップなどの戦略が考えられる。
(4)多角化戦略
新しい製品分野や市場分野に参入し、新しい事業を展開することで成長する戦略。ロボット開発企業が掃除家電の市場に乗り出すなどの戦略が考えられる。
写真フィルムの需要が消滅していく中、「富士フィルム」が取った成長戦略がこの「アンゾフの成長マトリックス」の活用だと言われている。
彼らが作成した4象限のマトリックスが導き出した1つ目の戦略は、既存の写真フィルムに関する技術を既存の市場に提供する「市場浸透戦略」だ。インスタントカメラ「チェキ」が、まさにその役割を果たした。富士フィルムは、チェキの「スクエアフォーマット」の魅力を訴える新たなマーケティングを展開。その結果、チェキは年間500万台というデジタルカメラを超える販売台数を記録。既存の技術、既存の市場から新規需要を生み出すことに成功したのだ。現在、チェキは発売20年を迎え、製品ラインナップを増やし続けている。
また、富士フィルムにはレントゲンフィルムやデジタルX線画像システムなどの技術で培った医療業界との強固な接点がある。この既存の市場に「レーザー内視鏡」や「医療用画像情報ネットワークシステム」などの新たな技術を提供する。これが、2つ目の戦略「製品開発戦略」だ。
さらに、フィルム製造や光学レンズの技術は「市場開拓戦略」に活かされた。液晶用フィルムや携帯電話用プラスチックレンズなどの、時代の流れによって生まれた需要を確実に読み取り、既存の技術を適応させて新しい市場の開拓にも成功している。
そして、衣料品や化粧品、サプリメントという新しい製品分野、新規市場への参入は富士フィルムの躍進をさらに大きくした。この「多角化戦略」には、富士フィルムが持つ既存技術「コラーゲンの酸化防止技術」が活用されているが、これまでとまったく異なる化粧品ビジネスで新技術としての役割を担った。
このように富士フィルムは4象限マトリックスの活用に成功しているが、そこには自社のフィルム技術の強みと市場の特性を活かした「相乗効果」が不可欠であったことは見逃せない事実である。