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柔らかく規定するにはどうしたらよいか?

CATEGORY : 今日の一筆

UPDATE : 2018.11.28

文責 : 一筆太郎

「うちは組織が巨大かつ、いい意味でカオスなのでイメージの統一はできません。」
と、ある企業の広報を担当する方は言った。
 
 
確かに、その企業はスタートアップがたくさん集まっているようなところで、一つの会社というよりもベンチャー企業の連合隊のような組織になっている。それらを一つにまとめてイメージ形成することは壮大なチャレンジのように思えた。だから、僕は「まるで国のイメージをつくるみたいですね」とおどけて言った。スケールが大きくて、いろいろな民族が集まっていて、歴史もあるところがもはや国と同じようなレベルに見えたからだ。彼らは笑っていた。
 
 
しかし、プレスリリースや決算情報などといった会社から出されるアウトプットがバラバラで、各社が勝手にやってしまっているような状況は広報として承服できるものではなく、なんとかしなければならない。統一を目指すのではなく、柔らかい方向性を示すことが目的となり、プロジェクトはスタートした。
 
 
柔らかい方向性とは一体なんなのだろうか?
 
 
松岡正剛は『日本という方法』(NHKブックス)の中で、日本を「一途で、多様な国」だと言っている。信仰や宗教の面から見ても多神多仏であり、天皇と将軍がいて、関白と執権がいて、仏教と神道と儒教がと民間信仰が共存してきた。
 
 
日本は多義的でもあり、いっぱい神様や仏様がいて、宗教的行事性が入り混じっている。結婚式は教会で、葬式はお寺で行い、クリスマスと初詣が一週間の間にあって、節分と建国記念日とバレンタインとひな祭りと春のお彼岸がたった1ヶ月の間にある。
 
 
そうした一途で多様な国を西田幾多郎は、絶対矛盾的自己同一と言い、松岡正剛は日本を方法の国だと捉えて『日本という方法』という本を書いた。
 
 
今日の会議の中でも「矛盾しているんです」という話が出た。情熱的だけど、保守的というような矛盾が平気で起こるのだという。だが、それはもしかすると日本らしさと言えるのかもしれない。
 
 
松岡正剛は、多重多層な日本列島に、どうして日本の社会文化というまとまった観念や感性が育ったかという疑問に対して、一つは大和朝廷などの支配権力が統一的なイメージを形成していったこと。一つには日本語という言語が日本をかたちづくったこと。そして、ゲノムやウィルスや免疫体質や血液型の安定性によって日本人の特色の決定性を議論できるようになったという。
 
 
柔らかい方向性を見つけるにあたって、僕は言語で近い遠いを探していくワークショップをすることを提案した。最終的にどのようなアウトプットになるかはお楽しみだが、絶対矛盾的自己同一や情熱的な青といった相反する言葉であり、捉え方がいろいろできる抽象性を孕んだ言葉がコンセプトになるとおもしろいのではないかと思っている。

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