差別化戦略とは?
差別化戦略は、マイケル・ポーターによって提唱された競争戦略のうちの一つ。自社の商品・サービスについて競合他社との差異を設けることで、競争優位性の確立を狙う戦略のことを指す。
差別化戦略では主に基本的な機能が同じ商品・サービス群において、強みとなる部分の強調、デザイン性の追求、ブランドイメージの構築、広告施策などによって付加価値を高め、競合他社に対する優位性を発揮することを目指す。
差別化戦略には大きく2つの分類によって戦略の方向性が分けられている。
■垂直的差別化
品質面での差別化を図ることを指す。同一カテゴリー内で商品・サービス間の価格差がなければ、たとえば風邪薬なら早く治るほうが、電池なら長持ちするほうが、パソコンなら処理性能が高いほうが一般的に価値が高いと言える。
■水平的差別化
デザインやファッション、色など、選ばれる順位が消費者の好みやニーズによって異なる場合、特定のニーズにフォーカスすることで競業他社との差別化を図ることができる。ニッチ戦略は水平的差別化戦略のひとつとされている。
今回は差別化で成功した3つの企業の具体的な事例を紹介したい。
キーエンス:現場の潜在的ニーズを掘り起こす製品開発で差別化!
平均年収ランキング1位を支える、驚異の営業利益率
センサーや測定器などの制御機器を扱うBtoBメーカー「キーエンス」といえば、平均年収ランキングで1位になったのが話題となり、一般的な認知度を飛躍的に高めた企業である。
社員に高い給料を支払える理由の一つが、彼らの圧倒的な営業利益率だ。
通常、このような汎用機器を扱うBtoBメーカーは薄利多売が基本戦略となる。しかし、このキーエンスは営業利益率が40%~50%超という驚異の数字を誇っている。
その競争力の根源となるのが、競合他社との差別化である。
彼らは世界初、業界初の新製品を次々を生み出し、新しい価値の提供を武器にしているのだ。
現場の潜在的ニーズを掘り起こす製品開発
キーエンスはまったく値引きをしない会社で有名だ。
キーエンスの革新的な製品は当然、すぐに競合他社が模倣してくる。しかし、競争が増して商品価格が下がってくると、キーエンスはあっさりとその製品を販売中止にしてしまう。
そして、また新しい製品を発売することで、価格競争では一切勝負することなく、付加価値の高い製品を提供し続けているのである。
なぜ、キーエンスは新しい製品を生み続けることができるのか?
その製品開発力を支えているのが、コンサルティング営業だと言われている。
通常、汎用機器を扱うBtoBメーカーの営業スタイルは、その多くが大口顧客の御用聞き営業。
特定の顧客のニーズを探し出し、それに合わせた特注品を作ることで差別化を図っている。ただ、顧客独自の課題に応える特注品ゆえに、他の顧客に横展開はしにくい。
一方でキーエンスの場合は、中小企業も含め製造現場での共通ニーズを探る。彼らが行っているのは製造現場の改善を実現するための製品開発であり、それは顧客でさえも気づいていない潜在的な課題を解決することである。
そのような提案型のカスタマー・ソリューションを軸に製品開発を行うことで、世界初、業界初の付加価値の高い新製品を生み出すことを可能にしているのだ。
トリンプ:ユニークなネーミングやコンセプトで尖り、メディア露出度を高めて成功
インパクトのあるネーミングと、用途特化型ブラで差別化
1886年にドイツで設立され、現在はスイスに本社を置いて世界最大規模の女性用下着メーカーの地位を確立しているトリンプ。
1994年には日本に上陸し、その高い開発力でワコールに次ぐ業界2位の座を獲得した。そんなトリンプが取った戦略は商品企画による差別化である。
従来、ブラジャーは機能やつけ心地、ボディラインの美しさなどを訴求ポイントにするが、トリンプは「天使のブラ」「恋するブラ」といったネーミングのユニークさをフックにした。
大ヒット商品となった「小悪魔ブラ」は見た目を重視。また、Tシャツブラやワンピースブラなど用途を特化したことで独自の路線を築いていった。
メディア露出度を急増させる仕掛け。ノー残業デーもトリンプ発祥
さらにトリンプの名を知らしめたのが、巧妙なプロモーション活動である。
彼らは非売品のPR専用ブラを次々に開発。選挙を盛り上げる「投票率UP! ブラ」やサスティナブルな社会を目指す「マイ箸ブラ」など、メディアの話題になりやすいブラを作ってブランド認知度を高めた。
今ではすっかり社会に馴染んでいる「ノー残業デー」を広めたのも、実はトリンプである。
独自路線の商品開発と圧倒的なメディア露出量。これらの差別化によってトリンプのユニークでチャレンジ精神に満ちたブランドイメージが醸成されていった。のちにファーストリテイリングが業界を席巻するまでは、数ある競合を押しのけて業界2位の座を不動のものにし続けたのであった。
スーパーやまと:本業の領域を超えた地域ファーストのサービスで黒字化
大手の価格競争に立ち向かうローカル食品スーパーの戦略とは?
スーパーマーケットの市場は価格競争が発生しやすく、特にローカル食品スーパーは規模の経済を携えた大手の進出によって、あっけなく潰れてしまうケースも多い。
山梨県のローカルスーパーマーケット「やまと」も、かつては価格競争に巻き込まれて疲弊し、赤字で経営危機に陥っていたそうだ。
そこで立ち上がったのが、新たに社長に就任した小林久氏。
最初に取り組んだ戦略が、ターゲット層の差別化である。当時、大手が30代ファミリー層をターゲットにしていたのに対し、同スーパーは中高年にフォーカスし、品揃えはもちろん、棚の高さなどもターゲットに合わせて変更した。
地域のために考え尽くされた、本業以外のサービス
さらに、彼は地域のために本業以外のサービスをどんどん充実させていく。
たとえば、店頭に生ごみを堆肥にする処理機を設置し、無料どころかポイントを加算して積極的に生ごみを引き取る。スクールバスを改造して高齢者向けに移動式スーパーを用意する。ホームレスや障がい者を従業員として採用する。など、当時は他のスーパーがやらなかったことを、地域に価値のあることだと思えば積極的に採用していった。
こうした活動は地元メディアをはじめとする各媒体で大きく取り上げられ、やまとは地域土着のスーパーとして地元の人たちに愛されるようになる。特に小林氏は様々な講演に呼ばれるようになり、ついには山梨県の教育委員長を頼まれるほどの人気を誇った。経営も年々回復していき、黒字経営へと転化したのだ。
差別化には成功したけれど・・・
ただ、このサクセスストーリーには後日談がある。世間の評価はますます高まる一方で、近郊には巨大なショッピングモールが次々と開店して、本業のスーパー事業はなかなか利益増が出せなかった。
すると、問屋業者のあいだで「やまとの成績が芳しくない」という噂が流れ、商品の納品を渋ったり、前金を要求したり、資金繰り表の送信まで求めてくる問屋もあった。
こうしたペナルティは、わずかな利益で日々資金繰りに知恵を巡らせている同社にとって致命傷であった。
そして2017年、やまとは突然倒産する。誰にも真似できないことを徹底し、地域からも愛されるなど、差別化戦略は確かに成功していた。実際、閉店したときは住民から行政に対して多くのクレームが寄せられたという。
つまり、差別化で消費者の心を掴んだとしても、それが必ずしも大きな利益につながるとは限らず、むしろ差別化によって業界から単独で目立つことが、思わぬリスクを招く場合があることもこの事例は教えてくれているのだ。