「人間がボトルネック」と認める勇気──複雑なタスクはAIに任せ、人を“承認者”に置くHGVのInventory AI

Data+AI Summit 2026 セッションレポート。登壇はHilton Grand VacationsのDirector, AI & Architecture、Evgeny Bob氏。「これはサイエンスの発表ではなく、“クールなエンジニアの物語”だ」と前置きし、タイムシェア(休暇の宿泊権を会員が長期保有するビジネス)の在庫・収益最適化を、AIとDatabricksでどう変えたかを語った。

目次

課題:在庫判断が“超複雑”

複数のリゾート・客室ユニット・複数の収益ストリームが絡み合い、1年以上先の在庫を抱えながら、その上に膨大なビジネスルールが乗る。

  • かつては数百のレポート・ダッシュボードが乱立し、全体像の把握に時間がかかっていた。
  • 業務ルールは9万件に及び、「どのルールをどこに適用すべきか」を人手では管理しきれなかった。
  • そして登壇者曰く——“人間が最も遅い要素”であり、業務フローのボトルネックになっていた。

技術の進化:“固定ワークフロー”ではなく“関係性”ベースへ

約2年前にDatabricksを採用し、レイクハウス上に複数の機械学習モデル(約6つ)を統合した。各モデルはLift Detection(施策などによる効果の上乗せを検出する手法)に対応し、データサイエンス側が新しいモデルを随時追加できる設計だ。

重要な設計判断は、「固定のワークフロー」を組まなかったこと。「質問は常に変わる。どんな質問が来るか事前には分からない」ため、手順を固めるのではなく“関係性(relations)”を設計した。そして9万件のルール問題は、「どこに適用するかをAIに判断させる」ことで解いた。「9万のルールをどうするか——これに答えられるのはエージェントだけだ」と述べた。

意思決定ツール「Winning Decisions」:ダッシュボードをやめ、データに直接質問

  • ダッシュボードを眺めるのではなく、チャットでデータに直接問いかける仕組み。ユーザーが自分でダッシュボードを作り、必要なデータポイントを聞ける。
  • 質問ログを全て収集・分析し、ユーザーの意図(インテント)を把握する。「何を聞きたいのか」が分かれば、先回りして提供できる。
  • 「もし〇〇を変えたら何が起きるか」のシミュレーション機能を実装。例えば“在庫を100ユニット動かしたら収益はどう変わるか”を、変化のインパクトとして可視化できる。

エージェント・ワークフロー:人間を“ツール”として組み込む

独特な発想が、人間をエージェントの“ツール”として位置づける設計だ。ユーザーは朝や日中に推奨アクションを確認し、YES/REJECTを選ぶだけ。その判断を受けてエージェントが動く——つまり人間は“全工程を回す”のではなく“承認者”に徹する。

  • 全体のプロセスは“ミッションコントロールセンター”で可視化する。
  • AI運用は可観測性(オブザーバビリティ)とコスト管理を重視(エージェントの振る舞いと費用を常時見守る)。

現場からの教訓

  • 「AIを“時短ツール”として売るな」。時間節約ではなく、AIだから解ける本質的な課題を提示せよ。
  • プロトタイプではなく“本番運用”を前提に設計せよ。MVPに対価が払われないまま進んだ経験からの教訓。
  • 採用の鍵は“業務に自然に組み込まれているか”——つまりUXの問題として捉えるべき。
  • 最大のビジネス価値は“意思決定のスピード”。規模が大きければ、わずか5%の改善でも金額インパクトは巨大。
  • 失敗が多いときは“より良い失敗(学びにつながる失敗)”を選べ
  • AIの評価軸は「利用率・問題解決率・運用への統合度」

持ち帰り:データ活用の現場視点

この事例は午前の基調講演とキレイに重なる。「会話型インターフェース」「ガードレールを効かせた半自律エージェント」「“What if”シミュレーション」といった概念が、事業会社の現場で実際に動いている。特に「人間をボトルネックと認め、人間を“承認者”に置く」設計と、「採用は結局UX」「AIを時短ではなく本質課題で語れ」という教訓は、内製化支援の現場でそのまま指針になる。

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