AIはもう十分賢い。次の競争軸は「コンテクスト」だった
Databricks Summit 2026で見えた企業AI活用の未来
現在、サンフランシスコで開催されているDatabricks Data + AI Summitに参加しています。
今年のDatabricks Summitは登録者数10万人超、会場参加者3万人超という過去最大規模で開催され、世界170カ国以上からAIやデータ活用に関わる人たちが集まりました。OpenAI、Microsoft、Anthropicをはじめ、世界中のAI企業やデータ企業、ユーザー企業が集まり、「企業はAIをどう活用するべきか」を議論する世界最大級のイベントです。
数多くの発表がありましたが、その中で私が最も印象に残ったのはDatabricks CEOのAli Ghodsi氏のキーノートでした。
彼は講演の中でこう語りました。
「AIは十分に賢い。問題は知能ではなく、コンテクストである。」
この言葉を聞いた瞬間、AI業界の競争軸が大きく変わろうとしていることを感じました。
ここ数年、AI業界はモデル性能の競争を続けてきました。GPT、Claude、Gemini、Llama。どのモデルがより賢いのか、どのモデルがより複雑な問題を解けるのか、どのモデルがより長い文章を理解できるのか。そんな話が中心でした。
実際、現在のAIは驚くほど優秀です。文章を書き、プログラムを書き、画像を理解し、高度な数学の問題を解くことができます。今回のキーノートでも、人間ではほとんど解けないような数学の問題を例に挙げながら、現在のAIがどれほど高い知能を持っているかが語られていました。
しかし、それだけ賢いAIが存在するにもかかわらず、多くの企業ではAI活用が思ったほど進んでいません。
なぜでしょうか。
Databricksの答えは非常にシンプルでした。
AIは賢い。しかし、会社のことを知らない。
これが企業AI活用における最大の課題だというのです。
AIはなぜ企業で使えないのか
少し想像してみてください。
もし今日、非常に優秀な新入社員が入社したとします。東大卒でもMIT卒でも構いません。頭脳は抜群です。
しかし初日から成果を出せるでしょうか。
おそらく無理です。
なぜなら、その会社のことを知らないからです。
どんな商品があるのか。
どんな顧客がいるのか。
どの数字を重要視しているのか。
どの部署が何を担当しているのか。
どの会議で何が決まるのか。
誰が意思決定をしているのか。
こうした情報を理解して初めて、その人は会社の中で成果を出せるようになります。
AIも全く同じです。
企業には膨大なデータがあります。しかしAIはその意味を知りません。
例えば「売上」という言葉ひとつを取っても、営業部門と経理部門で定義が違うことがあります。
「顧客数」という言葉も、累計顧客数なのか、アクティブ顧客数なのか、有料顧客数なのかで意味が変わります。
人間なら会話の文脈や会社のルールを知っているので理解できます。しかしAIはそうではありません。
だから企業でAIを活用するためには、モデルを賢くすること以上に、会社のことを理解させることが重要になります。
Databricksはこれを「Context Problem」と呼んでいました。
Genie Ontologyとは何か
今回発表されたGenie Ontologyは、このContext Problemを解決するための仕組みです。
簡単に言うと、
「企業の知識をAIが理解できる形に整理するための仕組み」
です。
企業の中には様々な情報があります。
データベース。
ダッシュボード。
SQL。
会議資料。
メール。
Slack。
Salesforce。
Jira。
Google Drive。
SharePoint。
人間はこれらを横断的に理解しています。
しかしAIはそうではありません。
例えば「今月の売上を教えて」と聞かれたとき、AIはどのデータを見れば良いのか分かりません。
Salesforceを見るべきなのか。 BIを見るべきなのか。 経理システムを見るべきなのか。
仮にデータを取得できたとしても、その数字が何を意味するのかまでは理解できません。
Genie Ontologyは企業内にある様々な情報を接続し、その関係性を整理することで、AIが企業の文脈を理解できるようにします。
Databricksの説明では、単なるデータベースだけではなく、メールやカレンダー、ドキュメント、会議情報まで含めて企業の知識構造を理解しようとしています。
ここが非常に重要なポイントです。
Genie Ontologyは単なる検索機能ではありません。
企業そのものを理解しようとする仕組みなのです。
Ontologyとは何か
オントロジーという言葉は聞き慣れない方も多いと思います。
簡単に言えば、
「物事の意味と関係性を整理したもの」
です。
例えば小売業であれば、
顧客
商品
店舗
売上
在庫
という概念があります。
そしてそれぞれは関係しています。
顧客が商品を購入する。
商品は店舗で販売される。
店舗には在庫がある。
購入によって売上が発生する。
人間は自然に理解していますが、AIは理解していません。
だから構造として整理する必要があります。
これがオントロジーです。
OntoRankとは何か
今回の発表で個人的に最も面白かったのがOntoRankでした。
DatabricksはこれをGoogleのPageRankに近い考え方として説明していました。
私はこの話を聞いたとき、Genie Ontology以上にこちらに可能性を感じました。
なぜならOntoRankは、企業内の知識に対して「何が重要なのか」を判断する仕組みだからです。
PageRankは何をしていたのか
Googleが登場する前の検索エンジンは、キーワードが多く含まれているページを上位表示していました。
その結果、SEO目的でキーワードを大量に埋め込んだページが上位表示されるようになりました。
そこでGoogleは発想を変えました。
重要なページからリンクされているページは重要なのではないか。
つまり文章ではなく、ページ同士の関係性を評価したのです。
これがPageRankです。
この仕組みによってGoogleは世界最高の検索エンジンになりました。
OntoRankは何をランキングするのか
ではOntoRankは何をランキングするのでしょうか。
答えは企業内の知識です。
例えば、
テーブル
カラム
SQL
ダッシュボード
KPI
ドキュメント
会議資料
メール ユーザー
組織
などです。
企業の中には同じような情報が大量に存在します。
例えば「売上」という定義。
経営会議資料にもあります。
営業資料にもあります。
BIダッシュボードにもあります。
個人が作ったExcelにもあります。
AIはどれを信じるべきでしょうか。
人間なら何となく判断できます。
役員会で使われている数字の方が信頼できそうだ。
経営ダッシュボードの方が正しそうだ。
しかしAIにはその判断ができません。
そこでOntoRankが使われます。
どの資料がどれだけ参照されているか。
誰が作成したのか。
どの会議で利用されているのか。
どのダッシュボードから参照されているのか。
どれだけ多くの人が利用しているのか。
こうした関係性を分析し、
「この会社において最も信頼できる定義」
を見つけようとするのです。
つまりOntoRankは検索ではありません。
企業知識の重要度評価モデルです。
PageRankとの本質的な違い
PageRankが扱うのはWebページとリンクだけでした。
しかしOntoRankが扱うのはもっと複雑です。
人。
組織。
会議。
ドキュメント。
データ。
業務プロセス。
ダッシュボード。
KPI。
これら全てが対象になります。
例えば、
売上KPIが経営ダッシュボードで利用される。
経営ダッシュボードが役員会で利用される。
役員会資料が経営企画部によって作られる。
という関係があります。
さらに、
誰がその資料を見ているのか。 誰が更新しているのか。 どの業務で使われているのか。
まで考慮します。
私はこの話を聞いて、
GoogleがWebを理解したように、Databricksは企業を理解しようとしている
と感じました。
これは非常に大きな変化だと思います。
なぜこれが重要なのか
ここで一つ重要なことがあります。
私は今回の発表を聞いて、
「オントロジーが重要だ」
という話ではないと感じました。
本当に重要なのは、
「企業の意味を誰が定義するのか」
という話です。
OntoRankは確かに優れた仕組みです。
しかしOntoRankが評価する対象そのものは、誰かが意味づけをしなければなりません。
何をKPIとするのか。
どの定義を正とするのか。
どの業務プロセスを基準とするのか。
どの数字で経営判断を行うのか。
これらはAIが自動で決められるものではありません。
なぜなら、それはデータの問題ではなく事業の問題だからです。
企業ごとに戦略が違います。
組織が違います。
意思決定の考え方が違います。
だからこそ、その企業にとっての意味を定義する必要があります。
SiNCEが現場で向き合ってきたこと
今回の発表を聞きながら、私たちがこれまで様々なプロジェクトで向き合ってきた課題が、改めて言語化されたように感じました。
AI活用やデータ活用のプロジェクトでは、「データを整理しましょう」「KPIを定義しましょう」という話がよく出てきます。
しかし実際の現場で難しいのは、整理することそのものではありません。
本当に難しいのは、
どう整理するのかを決めること
です。
例えば需要予測のプロジェクトでも、「予測精度が高いこと」がゴールとは限りません。
店長は現場で使いやすいことを重視するかもしれません。
本部は予測精度を重視するかもしれません。
経営は利益インパクトを重視するかもしれません。
どれも正しい意見です。
だからこそ私たちは、現場の方々と議論しながら、
この会社にとって本当に重要なものは何か
を定義するところから始めています。
モデルを作るだけでは成果は出ません。
ダッシュボードを作るだけでも成果は出ません。
重要なのは、その情報が意思決定につながり、現場で使われ、結果として事業成果につながることです。
今回Databricksが発表したGenie OntologyやOntoRankは、その実現を大きく前進させる可能性を持っています。
一方で、本当に価値を生むためには、企業ごとのコンテクストをどのように設計するのか、どのように事業と接続するのかが引き続き重要であることも改めて感じました。
私たち自身も、今回発表されたGenie OntologyやGenie One、Genie Agentなどの新しいプロダクト群を実際に触りながら検証し、どのようにすればクライアント企業の成果につながる形で活用できるのかを考えていきたいと思います。
AIの性能向上はこれからも続くでしょう。
しかし企業が競争力を持つために必要なのは、単に優秀なAIを導入することではありません。
自社の事業や業務をAIが理解できる形にし、その上で意思決定や業務改善につなげることです。
Databricks Summitで見えたのは、まさにその未来でした。
AIの次の競争軸は知能ではなくコンテクストである。
そしてコンテクストとは、単にデータを集めることではなく、事業の意味を定義することなのだと思います。

