AIに知能の問題はない、あるのは「コンテクスト」の問題だ

― Databricks Summit 2026と、日本の大企業がいま着手すべきこと

株式会社SiNCE 代表取締役 一筆 将人

先日、サンフランシスコで開催された Databricks Data + AI Summit 2026 に参加してきました。3万人を超える人々が集まる、世界最大級のデータ・AIカンファレンスです。数多くの製品発表がありましたが、私が最も重要だと感じたのは、CEOのAli Ghodsi氏が基調講演の冒頭で放った一言でした

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「AIに知能の問題はない。あるのは”コンテクスト”の問題だ」

彼はまず、AGIはすでに到来したと言い切りました。そのうえで、本当に問われているのはモデルの賢さではなく、組織の側がそれを受け止める準備ができているかどうかだ、と聴衆に投げかけたのです。賢いモデルは出揃いました。にもかかわらず、なぜ企業の現場でAIは期待したほど効かないのか。この問いこそが、今年のSummit全体を貫くテーマでした。

「賢いAI」が現場で効かない理由

Ghodsi氏の言葉は手厳しいものでした。「今日の企業AIの多くは、自信満々に推測しているだけだ」と。たとえばCFOが「なぜ利益率が変わったのか」をAIに尋ねても答えられない。営業責任者が「次の有望なアップセルはどこか」を聞いても出てこない。それはAIの問題ではなく、コンテクストの問題だ、と彼は言います。

ここ数年で広まったRAGやベクトル検索も、この壁を越えられていません。質問に「似ているもの」を引っ張ってくるだけで、その企業のビジネスそのものを理解しているわけではないからです。顧客情報、社内文書、業務プロセス、議事録、基幹システム ―― 企業の中で本当に意味を持つ情報は、何十もの分断されたシステムに散らばっています。どれだけモデルが強力でも、AIがその意味にたどり着けなければ、答えは当たり障りのないもの、最悪の場合は誤ったものになってしまいます。

Genie Ontology が示した「回答」

この課題に対するDatabricksの回答が、今回最大の発表である **Genie Ontology** でした。

これは、社内に散在するデータ・文書・業務知識・人・システムを横断的に理解し、AIが使えるコンテクストの層を自動で構築する仕組みです。テーブルやクエリ、ダッシュボード、パイプライン、そしてGoogle DriveやSlack、Jiraといった50を超える業務アプリから知識の断片を集め、「この会社がどう動いているのか」「このデータが実際に何を意味するのか」を表す“生きたグラフ”へと整理していきます。

私が興味深いと感じたのは、その中核にある **OntoRank** という発想です。GoogleのPageRankに着想を得たもので、すべての情報を平等に扱うのではなく、「誰が作った定義か」「どれだけ使われているか」「認定された資産と結びついているか」「どれだけ新しいか」を重み付けし、最も信頼に足る定義を選び出します。

効果は数字にも表れています。Databricksの社内ベンチマークでは、Genieが初回で84.5%の問いに正答したのに対し、最も強力な汎用エージェントは52.4%にとどまったといいます。さらに Unity Catalog Metrics を使えば、売上や解約率といったKPIを一度きちんと定義するだけで、SQLでもBIでもエージェントでも、組織全体が同じ定義で同じ答えにたどり着けるようになります。

これは、日本の大企業にこそ突き刺さる

ここで私が考えたのは、これは日本の大企業にこそ突き刺さる話だ、ということです。

部門ごとにKPIの定義が微妙に食い違う。同じ「稼働率」でも現場によって計算式が違う。重要な判断の根拠が、議事録や個人の頭の中に眠っている。長く事業を続けてきた組織ほど、こうした「意味のばらつき」を抱えています。これは日本の大企業の構造的な弱点です。

ですが、見方を変えれば、ここは最大の伸びしろでもあります。今回のSummitが示したのは、AI活用の勝負どころが「どのツールを導入するか」から、「自社の意味の基盤、すなわちオントロジーをどう整備するか」へと移ったという事実です。これはもはや情報システム部門だけの話ではなく、経営そのものの課題だと感じています。

正直に申し上げると、この発表を聞いて私は、私たちSiNCEが進めてきた方向は間違っていなかった、と感じました。AIを導入することそのものより、各社の業務の意味やデータの定義、KPI、現場の判断基準を一つひとつ整理し、AI活用を実際の仕事に結びつける状態をつくる ―― その地道な取り組みが、世界の大きな潮流の中に位置づけられた瞬間でした。

では、何から始めるべきか

では、具体的に何から始めればよいのでしょうか。

まず申し上げておきたいのは、「定義の棚卸し」は、思っているよりずっと難しいということです。多くの企業は、すべてがきれいに定義された状態で業務が回っているわけではありません。むしろ逆で、日々の業務の中から自然にデータが生まれ、その意味は暗黙のまま運用されています。ですから「さあ定義を書き出そう」と号令をかけても、たいてい手が止まってしまいます。

現実的なのは、いま目の前にある業務とデータに対して、後から意味を与えていくアプローチです。私たちは、ドキュメントや Hearing AI(SiNCEが開発した、現場の知見を引き出す仕組み)を使って、散らばった情報から定義の候補をAIに抽出させ、それを人が見て確定していきます。AIがたたき台をつくり、人が「これは正しい」「ここは違う」と判断して正解を固めていく ―― このループが、最も現実的で、そして続けやすいと考えています。

完璧な定義集を最初に用意する必要はありません。動いている業務から出発し、AIと人で意味を育てていけばよいのです。

コンテクストは、買えない。育てるものだ。

コンテクストは、買ってこられるものではありません。時間をかけて育てるものです。AI時代の競争優位は、自社のオントロジーをどれだけ早く、正しく育てられるかで決まっていきます。賢いモデルは、もう誰でも手に入ります。差がつくのは、その先です。

私たちSiNCEは、その道のりに伴走する存在でありたいと考えています。

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